韓国人の言い訳と嘘
とある公的機関への申し込み期限が過ぎてしまった時の話し。
(たしか締め切りから1週間くらい過ぎてしまった。ちなみに、私はこの申し込み情報自体知らなかった。)
韓国人社長と私はその公的機関へ遅まきながら申し込み用紙を持参して出かけた。
窓口では30代前半と思われる担当者が対応してくれた。
申し込みを忘れてしまった旨を私から説明して丁重に受付のお願いをした。
期限を過ぎての受付は一切出来ないとのこと。再度の機会(しばらくすれば再度可能)にお願いしたいと毅然とした対応だった。
納得しないのは韓国人社長。
何を思ったのか、1週間インフルエンザで外に出れず申し込みが出来なかったと嘘を言い出した。
担当者からは、社長個人がインフルエンザだったとしても、会社の別の人が対応するべき問題との回答。
それに対して、韓国人社長は「彼(私)もインフルエンザだった。他に対応出来る人間はいない。」と嘘を追加した。
担当者は、申込用紙に記載のある総務の人間(社内の人)の名前を見つけ、この人は対応出来なかったのか、と問いてきた。
韓国人社長は「彼女(総務の人)は病気で療養中なので対応できない」と嘘を重ねていく。
担当者は、事情はあれど、やはり受付は出来ないと言い直した。
まったく納得しないのは韓国人社長。
急に論点を変えて、「申し込み用紙の期限の説明が分かりにくかった」「説明(事前に説明会があった様)も不親切で期限についてはっきりとわからなかった」という主張を行い出した。
延々と続く、よくわからない言い訳に担当者は困惑したのか、強い口調で、「どの会社さんも期限を過ぎてしまった場合は例外なく受付出来ない」と言った。
それに対して激昂したのは韓国人社長。
いわゆる、火病ってやつを目の前で見た。
そして、受付してくれるまで帰らないと言い切った。
私は、「一度内部(公的機関の内部)で検討をしてほしい。それで駄目ならしょうがない」と言って場を収めた。
※個人的には、受付しないで欲しいと担当者を応援していた。
後日談だが、この受付は特例扱いとして通ってしまった。
会社を辞める計画をしていた私にとっては、この「ゴネ得」には複雑な気持ちを抱いたことを覚えている。
やっぱりパクったり真似をするのか・・・
ある日、進めているWebサービス開発プロジェクトについての会議が行われた。
議題は、Webデザイン(主に見た目)とネーミングをどうするか、ということだ。
韓国人社長は、「デザインとネーミングは一番重要だから熟慮して考えなければならない」と冒頭に言った。
会議は部下たち(日本人はわたしのみ)から1人ずつ案を発表していく形式をとった。
はっきりいうと韓国人20代若手スタッフから出てくる案は良いものだった。何か新しい価値観を生み出そうという意識を感じ取れた。(偉そうな意見だが、わたしは30代だが課長なので)
韓国人社長と韓国人部長(ともに40代中盤)から出てきた意見は、それは日本で「流行っているものなのか」というのみだった。
韓国では目上(特に年齢やポジション)の意見は絶対。
今回に限らず感じていたことだが、韓国におけるジェネレーションギャップというものは日本以上に激しい。とりわけ2000年以降に青春時代を過ごした30代以下と40代以上の世代では価値観に大きな相違があるように思えた。
最終的に、会議の場で決まったことは、
とある日本の有名サイトのWebデザインをもろパクリ、ネーミングは日本に有名サイトの名前を参考にした造語ということに落ち着いた。
後日談として、この会議で決まったことは、韓国人社長がもっと良い案(競合サイトの流行っているサイトを発見したとのこと)が出てきたとのことで意味の無いことになった。
韓国レーダー照射問題で思い出したこと
あるWebサービスのシステム開発プロジェクトにおける出来事だ。
このプロジェクトはWebサービスの仕様と設計をうちの会社で、
開発は日本の小さなシステム会社に行ってもらう仕組みで進めていた。
開発も中盤に差し掛かったころ、韓国人社長はやっぱり仕様を変えると言い出した。
仕様を変えるということは、開発をやり直すことになり、システム会社の負担も増大する。もちろん、当初の契約違反でもある。
*そもそも、仕様と設計の段階を適当に考えており、後で考えればいいやという感覚で
ものごとを進めていた。(これについては別記事で書きます)
*システム会社の普段の態度(熱意?)がないと感じていた韓国人社長はシステム会社
を嫌っていた。
わたしは反対した。しかし、
韓国人社長はわたしの意見を無視して、部下の若手韓国人たちに指示をして仕様と設計書をシステム会社に無断で変えてしまったのだ。
システム会社から抗議の連絡がわたしに来た。
仕方なく全体会議の場で着地点を探ろうと、会議の場を設けることにした。
結論からいうと会議は紛糾に終わった。
「仕様と設計を変えたい」という韓国人社長の意思を尊重せず抗議をしてきたシステム会社が韓国人社長には許せなかったためである。
論点は、「仕様と設計の段階で何もアドバイスが無かったシステム会社が悪い」「進捗状況の報告が少ないシステム会社が悪い」という展開で終始してしまったのである。
これを今回の韓国レーダー照射問題に当てはめてみるとすっぽりとピースが埋まった。
韓国人(社長)にとって大事なことは、論理的な流れの中の事実ではなく、刹那的な感情が大事なのである。まずはその感情をフォローされるべきであり、それを無くして事実という事柄は遠くへいってしまうものなのである。
後日談として、この仕様と設計の変更は、無償でシステム会社側が受け入れることになった。しかし、この類の要求は増え続け、信頼関係の崩壊によりプロジェクトは失敗に終わることになる。